テストで示されるCEFRレベルを過信する危険性
先日、ある企業の人事担当者の方から「○○部門のメンバーはB1判定が出ているので誰でも海外に出せると思っていいでしょうか」と質問されました。そのときに私は「どの領域でB1判定が出ているのでしょうか」と尋ねました。この質問の仕方だと何を聞かれているのかわからないことに気づき、質問を変えて「どのテストでそのような判定が出ましたか?」と尋ねてみたところ、いただいた回答は「TOEIC®LRで全員600点以上を持っています」でした。
TOEIC®スコアを見てCEFRレベルを【総合的に】判断してしまうのは危険です。TOEIC®LRが測っているのはListeningとReadingスキルのみ。また、ETSはListeningとReading各275点以上でB1レベルと公表していますが多くの人が、TOEIC®550点で海外に出しても、その人はかなり苦労しますし、そんなに活躍できないと感じるのではないでしょうか。
ではどうして、実態とズレが生じているのでしょうか。それはTOEIC®がListeningとReadingのスキルの中でも非常に限定されたスキルのみを測っているからです。例えば、TOEICの問題は聞き直すことができません。しかし日本語化されたCan Do StatementでB1レベルの人のスキルを確認すると、項目177に「時には特定の単語や表現の繰り返しを求めることもあるが、日常的会話で自分に向けられたはっきりと発音された話は理解できる。」とあります。つまり、実際には聞き返す能力やその場で話がわからないときにやり取りして状況を整理する能力もCan Do Statementに含まれているのに、TOEIC®は便宜的に四択で試験を行っているため、CEFRの指標どおりの力を厳密には見ていないのです。

各レベルにCan Do Statementsがたくさんありますが、TOEICではそのうちのいくつかの項目のみの出来栄えを測って、ある受験者を総合的にB1と判断しているといったイメージ。例えば図の中の赤くハイライトされた3つの項目のみを測り、結果を点数で出します。受験者はその点数をCEFR換算表に照らし合わせて解釈し「私はB1レベル」と理解しています。ところがこの人の実際の力はTOEICでは測られていないことが全てA2レベルかもしれません。そうすると、この人の真の力はA2と言えます。

このようなズレはTOEICだけに起こるわけではなく、全ての試験で起こります。CEFRは非常に細かく各領域のCan Doを説明しています。あるレベルの全てのCan Doをクリアしたらそのレベル以上であるとされています。しかし、さまざまなテストは各領域の中からいくつかの指標だけをかいつまんで、その能力だけを測ってCEFRレベルを提示しています。そのうえ測っている項目を変更してしまうことすらあります。例えば、TOEIC Speaking Testでは以前は問題解決力を試していましたが、2021年8月8日実施回の改訂以降は解決策を提案する問題がなくなりました。解決策の提案は「自分の意見を述べる力」としてB1レベルの人がもっているであろうスキルであり、ビジネスパーソンの英語力を測る際には人事の方が気になるポイントかと思います。しかし、TOEIC Speaking Testではそのような能力を測らなくなったわけです。それでもCEFRレベルは以前と同様に提示されますので、その結果だけを過信しないように注意が必要です。
本当に身につけていてほしいスキルが何なのかを特定したうえでCEFRを活用しないと、人材育成にはあまり意味がありません。どのテストがどのようなCan Doを測っているのかを把握することで効率よく人材育成計画を立てていくことができます。一般的に「駐在員はB1以上の英語力があることが望ましい」と言われていますが、本来は「駐在員は【全ての領域で】B1以上あることが望ましい」でしょう。予算の問題があるかと思いますが、もし本当に「さまざまな場面でB1以上の能力を発揮する必要がある」のであれば、いろいろな英語テストで能力判断をすると良いでしょう。各テストを提供している団体で社内導入に先駆けたトライアル実施ができないかなど、相談し、実際にさまざまなテストを受検してみることをおすすめします。受検をしてみるとどのような力を試されているのかよくわかります。

コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ修士号取得。外資系コンサルティングファーム勤務を経てから株式会社アルクと楽天株式会社にてビジネスパーソンの英語教育に従事。さまざまな英語スピーキング試験の試験官資格を有する「英語力評価」の専門家。著書に『ロジカルに伝わる英語プレゼンテーション 』などがある。